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顧客じゃなくてステークホルダーなマネージャーでありたい、と思った話。

雑記✍
最近、マネージャーとしてどう振る舞うのがいいのかなーと考えていて、ふと「顧客(発注者)じゃなくて、ステークホルダー(当事者)でありたいな」と思うことがあります。
マネージャーが「顧客」の立ち位置になっちゃうと、どうしてもチームに対して「思った通りのものになってるかどうか」を確認するだけの存在になりがちです。
でも、本来は成功も失敗も一緒に分かち合う「ステークホルダー」であるべきだよな、と。 この違いって、普段のフィードバックの仕方に一番よく出る気がしています。

「もっとちゃんとして」の正体

チームのアウトプットを見て、なんとなく「なんか違うんだよな、もっと深く考えてほしい」とか「全体像が見えてないよ、ちゃんとして」みたいに言いたくなること、ありませんか?
僕もたまにあるんですが、これって言われたメンバーからしたら「で、具体的にどうすればいいの?」って話ですよね。
「もっと考えて」っていうのは、結局のところ「僕を満足させる答えを持ってこい(でも正解は教えないし、僕もわかっていない)」と言っているのと同じで、これって一番タチの悪い発注者の態度だな、と気づきました。
なんでこうなっちゃうかというと、「メンバーも自分と同じ情報(材料)を持っているはずだ」と無意識に思い込んでいるか、情報を噛み砕いて渡すのをサボっているかのどっちかなんですよね。

「感想」を言うのではなく「材料」を渡す

メンバーは現場の技術や実装の詳細という解像度を持っています。一方で僕らマネージャーは、メンバーからは見えにくい情報を持っています。
ビジネス的な緊急度や賞味期限だったり、組織的な政治や調整事項だったり、あるいは半年後のロードマップや採用計画だったり。
この「マネージャーだけが持っている材料」を渡さずに、「もっと考えて」と要求するのはちょっとフェアじゃない気がします。 抽象的なフィードバックはただの「感想」ですが、良いフィードバックは「情報提供」であるべきなんですよね。

たとえば技術選定のレビュー

以前なら「なんかこれだと将来的に不安じゃない? もっとスケーラビリティ意識して考え直して」みたいな、不安をぶつけるだけの感想を言っていたかもしれません。
でも、本来やるべきは「なぜ不安か」という材料の共有です。
「設計は良さそうなんだけど、実は来期の事業計画でユーザー数が今の10倍になる施策が走る予定なんだよね。だから、3ヶ月後に書き込み制限が来るリスクがある。そこを耐えられるか、あるいはシャーディングしやすい構成か、という観点でもう一回検討してみてくれない?」
こう言えば、メンバーも動きようがあります。※数値や期間は例えばの話です。

たとえば組織の仕組みづくり(オンボーディングなど)

これも、「重い」という感想だけ言いがちです。
「新しく作ってくれたオンボーディングの仕組み、なんか手厚すぎて運用コスト高そうじゃない? もっと効率的に回せるように、ちゃんと考えてみて」
これも、僕の中にある「採用計画」という材料を渡さないと、ただのワガママになります。
「内容はすごく丁寧でいいんだけど、実は来月以降、今の倍のペースで採用が進む計画があるんだよね。今の『メンターつきっきりプラン』だと、既存メンバーの工数がパンクして開発が止まるリスクがある。だから、『人が急増しても、今のメンバーの負荷を変えずに回せる仕組み』にするには、どこを自動化したりドキュメントに逃がせると思う?」

「正解の判定者」から「ヒントを配る人」へ

結局のところ、マネージャーの役割って「上がってきたものの良し悪しを判定する」ことじゃなくて、「メンバーが良い答えを出すために必要なヒント(制約条件や文脈)を配る」ことにあるんじゃないかなと。
顧客的マネージャー = 答えを持ってこさせる人
ステークホルダーなマネージャー = 答えを出すためのヒントを配る人
メンバーに対して「ちゃんとして」と言いたくなった時、それはメンバーの能力不足ではなく、僕の情報提供不足のサインかもしれない。
「彼らがちゃんとするために必要な材料を、自分は全て渡せているかな?」
そんなふうに問いかけられるマネージャーでありたいな、と思います。
お客さんとして特等席で拍手をするより、舞台袖で一緒に冷や汗をかいていたい。 結局、マネージャーの面白さって、その「当事者でいられる特権」だなって思います。